あのとき、前日から遠隔地1泊出張だった私。
ノーテンキに搭乗予定のポケモンジャンボの写真など撮ってます。ANAラウンジじゃなくカードラウンジからの写真なのは、この年が怒りのANA乗換年(注1)だからですな。
地震発生の瞬間、揺れを感じませんでした。遅いランチを終えて乗り込んだ車がブルブルっと揺れたので、「風?」なんて話をしたくらいでお終い。
で、本州が何だか大変なことになっているらしいという話が伝わったときにはメールも本州への電話も通じなくなったので、業務を少し早めに切り上げて空港に向かいました。空港は大混雑、予約便は欠航、少なくとも東京便は全便欠航。フライトのメドが立っていないことは分かりました。
となれば寝る場所の確保が必要なので、市街に戻り、ビックカメラで簡易充電器を買ってiPhone4を充電。前泊したホテルに電話しました。
私も帰れないけど、本州からの客も来れない地方都市、難民で溢れることもなく、確か同じグレードの部屋に同じ料金で泊まりました。
で翌日12日土曜日、昼に飛んだANA機で帰京。
首都圏唯一の被災地とされる浦安市に帰り着きました。
俗に「獣道」と呼ばれていたエリアの、液状化で噴き出した砂。
歩道と車道端にも吹き出した砂、傾いたバス停、(モニュメント化されたものに比べるとこれは大したことないが)飛び出したマンホール。
銀座にいた家族は帰宅難民になりました。
丸の内から自宅まで1時間半で走って帰ることもある私にはあり得ないルートを彷徨った挙句に帰宅したとのこと。
自宅はダイニングのシャンデリアが破損、ランプカバー1つと装飾2つがダメになりました。
幸いそれだけ。マンションなので、共用部の平地などに多少影響出たものの、建物には全く影響なし。
GT-Rは無事、GPZは暫く車検から帰れなくなっただけ。
インフラは2週間ほど水が止まったでしょうか。
はじめは近所の学校のプールから雑水を汲み、ボランティアの中学生のお世話になりました。ありがとう。
次の週末からは自衛隊の給水車のお世話になりました。ありがとう。
お風呂には苦労したので、会社の近くの銭湯寄って帰った他、住民に開放してくださった舞浜のホテルでお風呂借りました。ありがとう。
これも「獣道」。地割れが走ってます。因みに右側に自転車が走っているのが映ってますが、ここは当時も今も自転車通行禁止です。
今見ると、iPhone4ってすごく低画質だな。。。
東北の実家は全く被害なし。山形県南部は大きな地震に遭った験しなし。新潟地震でも宮城県沖地震でも昨年の山形県沖地震でも。山形で震度6以上の揺れを観測したのは観測史上初だったそうですが。母に何もなかったのは何より。
身内に身体的被害が出なかったのが幸運でした。
でも世の中では多くの人が亡くなり、私達よりも遥かに大きな苦難に見舞われた方が沢山います。
自分に何ができるか/できたかというと、義捐金を出すくらいしかしてなかったですけども。
災害も疫病も必ず来ます。この大災害を経て日本人は強くなれたでしょうか。私には他力本願が強まったように思われます。支援が本当に必要な人達には支援の手を差し伸べる必要がありますが、本来天災にはまず自力救済、自活。私自身は、人様の世話を受けることなく、人様のお世話をできなければいけない層だと思います。
さて、9年後の3月11日の今日。こんな記事が流れました。
レッド・ツェッペリンの「天国への階段」を巡る盗作訴訟で再びツェッペリン勝訴。
レッド・ツェッペリン「天国への階段」 Led Zeppelin “Stairway To Heaven”
スピリット「トーラス」Taurus “Spirit”
そもそも音楽家ランディ・ウルフ氏でなく、その故人の死後14年も経ってから管財人が訴えるというところがアレですが、コードを盗んだというか、コードもリフ(メロディ)もバッハの翻案だと思いますよ、私は。音楽で裁判起こすなら、少しくらいクラシック聴いてからにしろよ、と。
いろいろ盗作疑惑のあるレッド・ツェッペリン。実際クレジットが変わった曲もある訳ですが、「移民の歌」“Immigrant Song”にも疑惑があるそうです。
ルシファーズ・フレンド「ライド・ザ・スカイ」Lucifer's Friend“Ride The Sky”
ほぼ同時期に発表されたドイツのハードロックバンド、ルシファーズ・フレンドの楽曲「Ride The Sky」が「移民の歌」に酷似しており、ルシファーズ・フレンドが盗用したのではないかと疑惑もあがっていたが、彼らは「Ride The Sky」をレッド・ツェッペリンがリリースする前からライブで演奏していた。
(https://ja.wikipedia.org/wiki/移民の歌)
ということなのですが、ZEPも70年10月のリリースに先立つ6月のバス・フェスティヴァルでこの曲を演っているので、既に世界に名を轟かせていたZEPのステージを聴くために彼らがShepton Malletを訪れた可能性もあるし、翌7月にベルリンでライヴをやっているので、そこで聴いた可能性もある。
でなくやっぱりもっと前の3月にハンブルクでライヴをやっているので、その際にルシファーズ・フレンド(が結成されていたかどうか知らないが)を聴いた可能性もある。
で似てるのって、ロバートの雄叫びとホルンでしょ。このフレーズ、もっと古いもんじゃないかな。
真相は分かりませんが、ディープ・パープルすらZEPに触発されて転向して出来上がったハード・ロックの世界。殆ど全部ZEPの劣化コピー。
ZEPの構成力・演奏力があるから魅力があるのであって、仮にトーラスやライド・ザ・スカイの方がオリジナルだとしても同じ魅力があるかというとさっぱりないし、ZEPと絡んだ話題がなければ売れる云々以前に誰も知らないで終わっていると思う。
盗作はダメですが、ミュージシャン同士の交流でアイディアの交換は幾らでもあろうし、超有名になった人との交流あった人は「自分が教えてやった」ぐらいに脚色するだろうし、ボンゾに負けたことが悔しくて何十年もボンゾとZEPをDISるジンジャー・ベイカーみたいな人もいる。裁判でシロクロ着けるのは1つの解決策ですが、少なくともそれは遺族や管財人や弁護士のマターではないでしょう。
注1:JALが、リストラに伴う不採算便(イタリア、スペイン便)を廃止、デルタ航空の誘いを断ってワンワールドに残留したことから、マイルの使い道(ミラノ・ローマ便)を失ったJALグローバルクラブ会員の私は、ファーストクラスラウンジ利用権ある1番美味しいステータスを持っていたこの年、メインキャリアをANAに切り替えてスーパーフライヤーズを目指した利用実績積み上げの最中でした。実際、この年の2月のイタリア旅行では直行便からパリ乗継便への変更を余儀なくされ、乗継便ではビジネスクラスに乗れないという大被害を被っていたので、JALへの怒りはほぼ頂点。